広場、元カノ、元カレ

 大学構内にぽっかりとした緑の空間が開いているところがあった。芝の植わった広場の中心には一本の大きなカシの木があり、初秋の今、ふらふらしている学生の気を引いている。これといった理由もなく有沙が木陰に足を向けたのも、つまりはそういうことだ。ただ、彼女の散漫な歩調はすぐに悪戯好きの子供のそれに変わった。カシの木に向かって一直線に歩きながら携帯電話を取り出した彼女は、3ステップのボタン操作で電話をかける。柏木明、という表示。トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、ただいま電話に出ることが出来ません。ちょうど木陰に足を踏み入れたところで、問いかけは拒否された。不満の有沙は芝生に寝そべる明に直接しゃべりかけた。
「おい」
「んー」
 気のない返事をしながら携帯電話をいじる彼は、ちょうど今のコールで昼寝から目を覚ましたところだった。しかし、寝そべったまま、もう自分の携帯電話の画面、証券口座の動向を眺めている。
「けっこうひどい扱いじゃないか」
「いや、なんか用か」
 明が人の話に合わせようともしないのに有沙は慣れていた。噛み合わない会話はもう1000回は繰り返してきただろうから。
「ふらふら歩いてて珍しいの見かけただけ」
「授業?」
「大変だよ」とため息をつきながら彼女は答えた。
「今日は見てても仕方ないから出てきた」
「なら今見んなよな」
「いや、気になるだろ」
「知らんよ。たまには学校来ないの?」
「お前に会うのが怖くて来れない」
「がきっぽいこと言うなよな」
「うっせー、ほっとけ」
 答えると明は上半身を起こした。彼にはミニスカートから伸びる有沙の足が、見慣れた様子より幾分か細く見えるような気がした。
「太っただろ」
「何失礼なこといってんのよ、太るどころかやせたわよ」
「あっそ」
 明は立ち上がりしげしげと有沙を観察する様子を見せたが、有沙は無意識のうちに明の視線を受け流してしまっているようだった。
「あんたもやせたんじゃないの」
「知らん」
 ふっと会話が宙に浮いたように明は感じた。一瞬の間の後、彼は言った。
「もう行くぞ」
「あ、ごめん。私も授業行かなきゃ」
「じゃな」
 軽く手を挙げて明は有沙の隣を通り過ぎた。
「うん。じゃね」


 明が行ってしまうのを確認して、有沙はおもむろに携帯電話を取り出した。サブディル酢プレイには『メール1件 藤沢博 Re:今晩の予定』とメッセージが流れていた。


文責:えっぴ〜