春を望む

 おまえは何をしてきたのだ?故郷が僕にそう言っていた。僕がそこに降り立ったとき、風の声を使って、故郷は優しくそう問いかけた。いろいろなことがあった。頭の中をぐるぐると言葉が駆け巡り、結局なにも返事をしないまま僕は家路についていた。
 僕には失ってほんとうに困るものなんて始めから何もなかった。そんなもの、手に入れることはできなかったからだ。そしてまた、僕という存在も、失われて何も困ることはなかった。

 ――だけど、ああ、そうだ。だけれど……

 いつまでも無言のまま答えの出ない僕を、故郷はじっと見守っていた。路の傍に咲く小さな花や、街では見慣れない鳥の姿、何もかもが僕の外側にあって僕とそっと手をつないでいるようだった。やがて一軒の朽ちかけた廃屋が見え出したとき、僕は自然に足を止めた。ほんとうに、僕には何もなかったのだろうか。それはもしかしたらすでに失われてしまっていたのではないだろうか。胸に刺さる冷たく鋭利な切っ先をかわすように僕が再び歩き出したとき、風向きが変わった。

 そうか……

 相変わらず故郷は僕の外側にあった。そして、そっと僕と手をつないでいた。



文責:えっぴ〜