新説:北風と太陽

 童話で、北風と太陽は旅人の服をどちらが早く脱がせられるか競争する。北風は冷たい風をぴゅーぴゅー吹かせるが、旅人は帽子と外套を強く押えて服を剥ぎ取らせなかった。次に太陽が暑い日ざしを照り付けると、旅人はひとりでに服を脱ぎ始めた。発想の転換、といったところだろうか。
 ところで今こう考えてみよう。北風がリベンジを考えた。負けっぱなしなんて、そんなのは腹の虫が治まらない。考え抜いた末、いい考えを思いついた北風は太陽にまた勝負を持ちかけた。俺とお前と、どっちがそこのベンチのカップルを早くくっつかせられるか、競争しよう。北風の挑戦に、太陽はあっさりと返事をする。ああ、いいよ。やってみようじゃないか!
 まず、北風がまた冷たい息吹をぴゅーぴゅー吹きかけた。最初、こぶし二つ分空けて互いの手を握り合って座っていた二人は、どちらからともなく寄り添っていき……そして一度みつめあったかと思うと、ぎゅっと抱き合った。北風は得意な顔で太陽の方を振り返った。ふふん、さあ次はおまえの番だ。
 太陽は、にこりと笑ってぎらつく陽光を浴びせかけた。手をつないで座っていたカップルは、どちらからともなく相手の手を離した。そして、その手でそれぞれに服の中に風を送り始めた。北風はにやにやと太陽の方を見た。おいおい、ぜんぜんだめじゃないか。これは俺の勝ちかな?しかし、太陽は頬に刻んだ笑みをより深めて、さらにぎらぎらと、景色が歪むくらいに輝いてみせた。


「なんだか、すごく暑くない?」
 北風と太陽のことなど露知らず、女が男に言った。確認や質問でもない、ただのぼやきだ。
「暑い、暑すぎる」
 男も同じように答える。だが男の目は、女の首筋を流れる汗やぬらりと光る鎖骨の妖しい色気に引き寄せられがちだった。
 しばらくの沈黙、女は頬のほてりを気にし、男は女の下着が透けて見えるのを気にしていた。やがて、男が温度計付きの腕時計をちらっと見て女の方に向き直った。
「ねえ、37度もある」
「それで?」
「37度っていうと、一人でいるより誰かと抱き合っていた方が涼しいくらいだよ」
「そんなくどき文句、初めて聞いたわ」
 女はあきれ顔でいった。しかしその口調には諦めもいくぶん含まれていた。
「そっちにいってもいいかな」
 一瞬への字に曲げた唇をすぐ笑みの形に戻し、女が返事をする。
「いいわよ……おいで」


 北風は唖然として抱き合う二人を見下ろしていた。太陽は変わらず笑みをたたえている。なんでだ、なんでだよ!と青筋を立てて北風が言った。なんであんな暑い中で抱き合うんだよ、気でも狂ったんじゃないのか!太陽はそんな北風にあっさりと答えた。人は放って置いても死ぬし、女と寝る。学校で習わなかったのか?
 みじめな顔をして北風が去っていった後で、太陽は下を見下ろしてつぶやいた。北風も人間も、昔からなんもかわりゃしない。何も何も変わりゃしないもんだ……。


ひどく分かりにくい引用:風の歌を聴け


文責:えっぴ〜